当店は古くから浅草に店を構えていることもあり、時代劇や明治の小説家のエッセイなどに何度も登場しております。
そのいくつかをご紹介いたします。もし、ご興味があればお読みになってはいかがでしょうか。
岡本綺堂 権十郎の芝居、半七捕物帖など
岡本綺堂氏は、何度も当店を小説の中に登場させていますし、実際によくお食事にいらっしゃいました。
テレビドラマにもなった「半七」が当店で食事をするシーンがあり、さらには、半七のモデルとなった実在の人物も当店に通ったそうです。
「権十郎の芝居」という小説では、当店で食事をするシーンが書かれ、『鰻めしが六百文、大どんぶりで……』と当時のうな重の値段まで詳しく描写されています。
久保田万太郎
久保田万太郎氏の生誕の地は当店の斜め向かいで、今は石碑が立っており、浅草寺境内にも句碑があります。
当店のはす向かいに住んでいたこともあり、大の鰻好きだったという万太郎氏は、もちろん小説やエッセイに当店のことを書いていただいております。
浅草生まれの人間らしく、洒落た、まるで落語のような文章はたいへん楽しく読めます。
夏目漱石 虞美人草、彼岸過迄
文豪、夏目漱石氏も当店のことを書かれています。
『ある人に奴鰻を奢ったら、御蔭様で始めて旨い鰻を食べましてと~』
これは「虞美人草」の一節です。
「彼岸過迄」という小説では、『わざと門跡(もんぜき)の中を抜けて、奴鰻(やっこうなぎ)の角へ出た』という一節があります。
創業以来、現在と同じ場所で、当時とは道の広さは違えど道筋も同じところに店がありましたので、目印にもなったのでしょう。
江戸時代の川柳
文学とは少し違いますが、江戸時代に庶民の間に流行った川柳に当店の名前が出てきます。
「のらくらとした奴もあり田原町」という歌です。
のらくらした鰻を扱う当店のことを店名とかけて詠んだ川柳です。
明治の頃の小説家は、浅草周辺に住んでいたり、浅草生まれの人が多かったこともあり、この他にもいくつもの小説やエッセイに登場させていただいております。
もし、本の中で当店の名前をお見かけされたら、ぜひ教えていただければとお願い致します。
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